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2011年7月 7日 (木)

恵林寺と奥秩父金峰山

2011.7.2 朝4時に起床。5時前に雨の鎌倉を出て、海沿いの134号線を平塚、厚木経由で相模湖ICに6時。空いていたので1時間で来てしまい、勝沼ICで中央高速を降り、塩山へ。拓ちゃんとの約束が9時半に大弛峠なので早すぎる。クマが気になっていた恵林寺に行こうというので7時恵林寺。素晴らしい山門に朝日が。Rimg0006 早朝の誰もいない清々しい境内でお参りをさせていただく。Rimg0010 思いがけない宝物をいただいたようなお寺があるのも日本の山の魅力です、新潟白山の慈光寺、巻機山へ向かう道の雲洞庵。Rimg0012 朝の光で見る障子の美しいこと!夢想国師の建立したお寺と言われていますが、名を残さない匠の技が残っています。Rimg0016 杉の大木が拝みたくなるほど立派にそそり立っています。Rimg0021 夢想国師のお庭から杉の大木を見上げるとなんと、シラサギの巣が天辺に!動かないので作り物かと思うほど。朝の座禅会が終わったところでまだ入場券の準備もできていなにのに入れてくださったお坊様に感謝です。

さあ、奥秩父に向かいます。国道140号線に合流して雁坂峠トンネルの手前窪平を塩平方面に左折し、塩平~焼山峠の途中でよい渓流に出会い、クマは竿を出してみる。イワナが遊んでくれたそうです。川上牧丘林道に入り標高を上げると桜沢と出合い、ここでクマは渓流に入って、水晶峠、荒川本流で遊び、上り詰めたアコウ沢の出合いの駐車場で待ち合わせを確認し、桜沢で支度をしているとイクミと拓ちゃんの山仲間Wさん、Kさんを乗せた拓ちゃん車が到着。クマと別れ、大弛峠へ。わあ凄い車で駐車場は満杯。砂利道を川上村側に降りた路肩に駐車。峠の公衆トイレで済ませ、10時15分出発。木の階段のある急登を過ぎるとコメツガの林の中に木のベンチのある朝日峠、ここでYさんから冷たいリンゴの差し入れ。美味しい!さあもうひと頑張り、雲の中に入ってきたようで見晴らしがない。Rimg0027 11時半朝日岳山頂2579mです。鉄山から金峰山が見えるはずなのですが、残念ガスの中。ブヨが沢山たかってきて、防虫剤もきいていないようです。イクミは防虫ネットをかぶります。Rimg0026 アブを払いながら、おいしい梅ゼリーをいただきます。鉄山を過ぎ、アップダウンを繰り返すとハイ松の稜線へ、大岩のところで2歳5歳7歳ぐらいの男の子を連れた若夫婦と一緒になる。お父さんは2歳の子を背負い、二人の少年は手足、腹筋背筋で岩を登っていく。こんな小さいのに岩の登り方がわかるんだと感心すると、得意げにどんどん岩に向かう。かわいい!岩山を辿ると金峰山頂上2598m13時15分。五丈岩でお昼とします。おにぎりに拓ちゃんの作ってくれたお味噌汁、とコーヒーで暖まります。Wさんお手製味噌と冷たいキュウリが美味しい。Rimg0031 五丈岩はだれが積んだのかしら?不思議な岩のお城です。イワカガミが岩の間を覆っています。Rimg0033 さあ下りです。どんどこ降りていきます。Wさんは73歳とは見えない足さばきで平気で下ってきます。若いです。朝日峠の途中で携帯が入り、クマがもう駐車場で待っているとのこと、大変もう約束の15時だ、あと45分はかかるでしょう。15時50分大弛峠。お疲れ様でした。車を取りに走り、アコウ沢の駐車場へ。クマはブヨ除けの焚火をしていました。イワナ6匹ゲット。きれいな紅色が入ったイワナです。山男の子3人兄弟も駐車場に入ってきて水晶を探しています。お母さんが森の中から石英を見つけて子供たちは大喜び、山の子は強いです。今回の金峰山は若い登山者が多くてうれしい限りです。クリスタルラインを通って、塩山の街から笛吹川フルーツ公園に向かい、ほったらかし温泉へ。結構な車やバスが停まっています。無色透明な露天風呂から甲府盆地や山々のシルエットを眺め、汗を流しました。牛乳を飲んで涼んでいると、拓ちゃんお手製のパスタつまみ棒をいただきました。拓ちゃんありがとう!塩山のお蕎麦屋さんでざるそばとモツ煮を食べ、みんなと別れて相模湖から鎌倉へ。途中で眠くなったので1時間ほど寝て23時半に帰宅。お疲れ様でした。翌日塩をしてあったイワナをムニエルとイワナご飯にしました。オリーブ油で焼いたイワナは最高でした。

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コメント

肝心なことを忘れていました。
テンチさんといえば、お顔が出てこないのですが、たしか河出さん(?)と結婚された3年先輩でしたよね。
アカズや熊倉は皆と会えてイイナ。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月27日 (水) 20時13分

>画素縮小作業
が大変なようですネ?
Yahoo!ブログでしたら圧縮しなくて済みそうですよ。(鎌倉の祭りはきれいなのにネ)
どうしても nifty である必要があるのなら、写真掲載サイトのフォト像とかフォトログにアップロードしてブログとリンクさせれば良いように思いますが?
大量の写真を掲示するブログ主催者は、たぶんそうしていると思います。
いろいろ工夫してみて下さい。
というのが、すっきりハッキリ皆の顔を見た~い。
Group Mailは騒がしくしてゴメン。もうすぐ大人しくします。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月27日 (水) 20時08分

稲田君へ
虫刺されで皮膚科を受診し、抗生物質まで飲み、ようやく腫れは引きましたが、何十年も北海道のブヨ刺されがかゆいとは!どうしましょ?(鎌倉皮膚科で何と極楽寺在住のテンチさんに遭遇、お元気でした。)
今回の外の沢プランは二日目の13時間の行動記録が膨大で、画素縮小作業がようやく終わって、これからです。いつもコメントありがとう! あかず

投稿: アカズ | 2011年7月27日 (水) 10時12分

アカズへ

ブヨに刺された跡が癒え、美貌が回復したか知らん。
本当の話やケド、私は日高のブヨに刺されたあと、10年くらい、夏になるとその跡が痒くなり、困った経験があります。最初よう原因が判らなかったケド、それ以外考えられん。日高のブヨは強力でした。
14日は弾みましたか?羨ましいかぎり。(私は)一人酒盛りで、侘びしかったけど。
一昨日からTVが映りません。とても靜かです。しばらくTVのない生活をしてみようと思います。
TVなし、携帯持たず、新聞取らず、家内と二人でテント生活しているようです。
朝日新聞を40年以上読んでいたのですが、あまりにミスリードがひどいので、しばらく前に止しました。
携帯は持たない主義です。本当は自由にゴルフの練習ができなくなるので、持ちませんでした。
この連休に行った沢登はUPしないのですか?
お休みなさい。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月26日 (火) 22時04分

「猫の恩返し」④
 翌日も梅雨の合間のよい天気。
物置の前の簀の子の上で、6匹の黒猫がくつろいでいる。
金峰山のように盛ったイリコ付きムニエルも、離乳用鰹だしチップも空っぽ。並々と注いだ牛乳だって露ほども残っていない。
「そうか、おまえたちフィーバーしたんだなあ!」
嬉しくなってちょっと猫達の方に近づくと、子猫は猫の子を散らしたように棚に隠れ、クロは大きく口を開け「う~」っと私を威嚇する。
「なんだ!何だ!ナンダ!おまえらは」 十宿一飯の恩を忘れやがって、と言ってもムダなことは判っている。
(ナントカ猫ニサワリタ~イ)
 その日から朝晩二回餌を与え、クロも5匹の子猫も食事の時間を覚え、4,5日もするとクロの方から催促さえする Hot な仲になっていった。
だが、クロが食事を催促する方法はあいも変わらず「う~」である。
「クロよ、おまえはオネガイとか言えんの?」(う~)「う~しか言えんの?」(う~)
「おまえは育ちが悪いんヤナ、それでは最近の(ちょっと可愛い)コメンテーターと一緒やがな」
イグアスの滝を目の前にして「スゴ~イ!」 マチュ・ピチュの空中都市に立って「スゴ~イ!」 三つ星レストランの食事を一口食べた後も「スゴ~イ!」
おまえら他に言いようが無いのか?
「ものスゴ~イ!」・・・・もうエエ!!
 慣れると、クロはキャットフードを取りに行く私の後を付いて店の中まで入って来るようになった。
私が餌を持って物置の方に戻り出すと「う~」「う~」言いながら後を追っかけてくる。
「もう、う~う~とウルサイな」と言う私に、クロがもの言いたげな素振りで、尻尾をピョンピョン左右に振るので「どうしたクロ」と言葉をかけると「ダンナ、今の(う~)はウレシイのう~ですよッ」と答える(ワケはないか)
そうか、クロの(う~)には種類があるんだ、「うるさい、うっとうしい、うっち行け」の(う~)、「うれしい、うまい」の(う~)、ついでに「ウッソー」はナイ・ナイ・無い。(もう少しつづくー父猫参上)

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月18日 (月) 03時32分

ムカへのグループメールが文字化けしたようなので、この場を借りて清書しておきます。ムカがこのブログを見てくれていれば良いのですが。

iムカへ
あなたがLANのことをRANと書くから、あまりパソコンのことは知らないのかなって、よけいなお世話様でした。せめてRUNって書いてくれたら「おお!ウチのネットはよく走るぞ・・・」てな具合で。
質問::「i稲田君へ」の「i」はいったいな~に?どうせなら「愛」のほうが私はウレシイです。私もiムカへ。
Google Mapで井の頭公園を検索しました。ムカの実家、頑張っているようですネ。公園前駅で下車、公園を通り下連雀へよく歩きました。下連雀には高校の親友が居ました。ムカやアカズやイクミやぎっこもチョボも相変わらずで、また元気そうでなによりです。(一人遠くへ行ってちょっと淋しいですガ)KWV47.5(KWVフォーティセブン・ドット・ファイブ)で頑張ってください。学ちゃんによろしく。

iアカズへ
おじゃましました。
内藤に次いで私も、文字化けしました。内藤にエラそうに言って恥ずかしい。
グループメールの入力欄にそのまま入力したのにネ。「i」がまずかったのかな。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月16日 (土) 02時33分

イクミへ

たった今気がつきました。
岩崎の髪のことは皮肉ではないのですよ。説明しづらいけど「(岩崎はもともと髪が多い方ではなかったが)今も昔もそのままやなあ、ヘアスタイルといい」というような感じで捉えて下さい。
それともイクミから見ると「昔と比べるとずいぶん○○○だなあ」という感じでしょうか?
返事は要りませんよ。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月13日 (水) 05時06分

イクミへ

>変わらぬなぁれが姿こそぉ、ながーき交わりのしるしなれ

 ほんとうにその通りだと思います。アカズの「涸沢再訪」であなたのことはすぐ分かりましたよ!アカズやぎっこや熊倉・関谷・岩崎は少し時間が掛かりましたけど。
首都圏に居るあなた方が羨ましく思います。こちらではめったに仲間と会うことはありません。グループメールは目を通しますが、そちらでの行事のみですので、当初は内容がさっぱり見えませんでした。河合の死をきっかけに内容をシッカリ読み出して、最近ではイクミ達が何を連絡し合っているかを把握できるようになりました。

 CD貰ってくれてありがとう。本来の山の歌を収録することができなくて残念だったのですが、河合へのひと区切りということで理解して下さい。
来年のKwv卒40周年記念行事は参加を本気で考えています。村田と連絡を取りながら前向きに捉えます。(ただ仕事との兼ね合いがあるので、開催時期に左右されます)
アカズのこのブログは存在を知って以来、毎日愉しみに開いています。できるだけコメントも発信したいと考えています。
あなたも日常の様子など発信して、知らせて下さい。
>40年前も今も金峰山は金峰山。五条岩は五条岩。拓ちゃんは拓ちゃん
けだし名言。効きました。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月11日 (月) 19時51分

稲田くん、しばらくです。アカズから河合君追悼CD受け取りました。ありがとう。みんなで歌ったあの頃から40年ですってでも、40年前も今も金峰山は金峰山。五条岩は五条岩。拓ちゃんは拓ちゃん。髪の毛や話題はそれなりに変化してるけど、みな出会った頃のままです。わたしの稲田君のイメージは俳優の江口洋介似の顔立ちとランニングシャツです。ただ記憶装置がかなりいかれてるので思い込みかもしれませんけど。確認のためにもお会いできるといいですね。できれば山で。。アカズいつもブログありがとう。47会の繋がりの要でありつづけてください。変わらぬなぁれが姿こそぉ、ながーき交わりのしるしなれ

投稿: イクミ | 2011年7月10日 (日) 07時46分

「猫の恩返し」③
 「だが!待て」とハムレットはジュリエットと名無しの長男に言った。(あれ?ジュリエットの相手はハムレットだっけ?・・・)「おまえたち、そうは言うが餌を与えると、猫の野生の本能と自立心を奪うことになってしまう恐れがあるのだ」 よく通る厳かな声であった。「なるほど、そりゃそうやなあ!」 (ジュリエットよ、もう少し上品な言い回しを) 「考えないかんなあ」と王子。

 早速次の日、ペットショップに行き、極上のキャットフードを買ってきた。「グルメ猫用 鰹とマグロのムニエル風」 缶詰と 「子猫の離乳用鰹だしチップ」だ。(ム、ムニエルっていったい「なあ~に」)
店に持ち帰り妻と息子に見せると、「あんた、餌やったらいかん言うたヤン」 (ジュリエットよ、もう少し上品な言い回しを あ!日付が変わってジュリエットはもう旅だっていたのだ)「お父さん、話が違うゼ」 「いや、戦後の芋の蔓を食べた頃を思い出して、クロが可哀想で」 「何言うとん、そんな時代知らんくせに」
「いや、むかしKO新道作りよったときに、3日ほど食べるもんが無うて」 「何?それ」 「いや、イッタイナンヤッタンカイノ」
妻が「私も家からイリコもってきた」 「OH!」 「僕も牛乳買うてきた」 「OH!」
ちょうど、梅雨が一休みの晴れた土曜日の夜だった。エサは金峰山よりも高く、今宵は黒猫たちの、サタディー・ナイト・フィーバー だったとさ。 もちろんダンスナンバーは「黒猫のタンゴ」で決まりダヨネ(つづく)

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月 9日 (土) 04時14分

朝日岳頂上の写真に写っているのは岩崎でしょうか?ヘアスタイルが昔のままで(髪の多い人はイイナ!)稲田堤の彼の家に行ったことがあります。満開の満月の夜、稲田堤に添って桜並木、ちらほら花びらが風に舞い、ファンタスチックな一夜でした。オヤブンという岩崎の親友と、○○子ちゃんと□□子ちゃんの5人で、踊るようにその道を歩きました。オヤブンの本名は忘れましたが、今でも印象が残る好男子でした。かなうなら友だちでいたかった。○○子ちゃんは可愛い子でオヤブンと岩崎が張り合う関係だった(かな?)
イクミはやはり根岸に住まいしているのでしょうか?「根岸の寮」という言葉が時代小説によく出るので イクミ→根岸→「おお」と私の頭は展開します。
金峰山には行ったことがありますヨ。たぶんこれも福本と。

投稿: 稲田 仁 | 2011年7月 7日 (木) 20時03分

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